新田はすごい!
昨晩、ついに人形浄瑠璃の発表会が鳥取市内の公民館で行われた。
僕のデビュー戦。
明治8年が初舞台だったと聞かされ、計算してみると138年目になることが分かった。
【当初のいきさつ】
明治維新、それまでの身分制度が廃止され、日本各地で博打など賭け事に高じる人が増えたようだ。
新田も例に漏れず賭け事が頻繁に行われるようになったらしい。
畑や田んぼや山を賭けては、集落の人々の人間関係はギスギスしたものになっていったようだ。
それに危機感を覚えた当時の青年部の青年達が集落の人間関係の修繕の1手として始めたのが現在の人形浄瑠璃の始まりだったらしい。
1体の人形を2~3人で操る人形浄瑠璃は個人の勝手が許されない。
チームの息を合わせるのに集まって練習を重ねないといけない。
本場徳島の方まで教えを乞いに行ったり、人間国宝の人に手ほどきをしてもらったりと、様々な努力の先に今の新田の人形がある。
そんな人形浄瑠璃も鳥取県で演じるのはここ新田だけになってしまったらしい。
(船岡にも1つ団体があるみたいだが、高齢化など様々な要因で今は活動ができていないようだ。)
集落には僕たちよそもんも含めて20世帯余り、人口にして70人程、65歳以上の高齢者は65%、そんなところだが仲良く精力的に様々なことに取り組んでいる。
今でも幼かった頃の呼び名、〇〇ちゃん、〇〇くんと当時のあだ名でお互いを呼び合う、仲の良さの秘訣の一端を垣間見たような気がした。
押し寄せてくる年齢との闘い。
前は出来ていたことが段々と出来なくなっていく状況。
僕は新田のそんな時期に立ち会っているのかもしれない。
残していきたい、色々なものがここにはあるような気がしている。
それはここ新田だけでなく、日本中の、もっと言ったら世界中の「田舎」に共通して言えることなんじゃないかなと思う。
幕内から劇を見守る2人は80を超えているようにはとても見えない。
僕も同じ格好して頑張りました![]()
人形を続けていくことは確かに負担だが、亡くしてしまうにはあまりに惜しい文化に感じました。