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2013年6月

2013年6月30日 (日)

巣作り

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新しい古い家に引っ越す準備をぼちぼち時間を見つけては進めている。

昨日は今の家にある薪の一部を運んだ。冬に向けての準備。

泰ちゃんはなんでも真似しようとするし、どんどんお手伝いしてくれる。

これがいつまでも続いてくれたら良いんだけれど・・・sweat01

プロに頼む見積もりが大体揃ってきたので、来月くらいから徐々に家の改修にかかりたい。

なるべく一緒に考え、一緒に体を動かすことによって、改修に際して諸々の知識・技術を少しでもつけていけたらいいなぁって思っている。

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植えたジャガイモの試し掘りをした。

良い具合に男爵が収穫できそうだ。

昨晩はポテトサラダにしていただいた。

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畑に勝手にわんさかと生えるスベリヒユ。

木灰と一緒に茹でて、おひたしにしていただく。

野に生えるものの強さ。それを美味しく戴く術を高めていけたらとても効率がいいのだろうなと思う。

今畑に植わっているキャベツやトウモロコシは虫にやられている。

品種改良されてしまった野菜はそういった環境に弱い。

薬や肥料に頼らないと生産できない作物とはあまり関わりたくない。

もっと簡単に出来る作物っていうのはやっぱり魅力だ。

となると、原種にどんどんと近づいていくのかな。

やっぱりタネを選ぶ段階から、もっと余裕があれば、タネを自家採取していき、自分の畑に野菜を順応させていくことが遠回りのようで近道なのかもしれない。

ちょっとずつ。

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梅をいただく。

梅ジュースと梅干にup

梅大臣のなおちゃんがさっそく仕込んでくれた。

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梅ジュースshine

梅干はもう少し黄色く熟してからと、部屋の片隅において熟成を待つ。

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頻繁になおちゃんが匂いを嗅ぐものだから、たいちゃんも真似するようになった。

ふたりで「すぅ~はぁ~」と梅を嗅ぐ姿は面白いhappy01

この時期は食べるものがたくさん

生命力がたくさん

厳しい冬を乗り越えた分、たくさんの喜びがここにはある

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カエル発見!

2013年6月25日 (火)

2語文、3語文

6月はなおちゃん・泰ちゃんがそれぞれの実家に帰っていて会えなく寂しい日が多かった。

久しぶりに見る泰ちゃんは随分と大きくなっているようで頼もしかったし、成長に驚いた。

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良くしゃべるようになっていて

「ちー、た(おしっこ出た)」

「たい、った(携帯落ちた)」

などの2語文が出るようになっていたし、

新しいベビーサインも覚えていた。

犬・たいたい(魚)・おしまい・いらない・など。

ベビーサインを使って

「たいたい・ぱくぱく・おしまい(鯉に餌をあげるのはもうおしまい)」などの3語文を使ったりする。

ベビーサインはなんだかドラクエの魔法のようで、新しいベビーサインを覚えると僕の頭のなかではドラクエのレベルアップの音楽が鳴り響く。

段々とコミュニケーションが取れるようになってきて、本人もそれが嬉しいのか盛んに色々おしゃべりしている。

そうそう、最近はっきりとバイバイが言えるようになりましたhappy01

2013年6月16日 (日)

給湯

スイッチ1つで温度設定できたり、追い焚きが出来たりと、ガス、電気、灯油などの給湯システムは便利だが、今度の我が家は薪での給湯システムにしようと考えている。

近所で薪ボイラーを設置して生活しているというお宅に見学に行ってきた。

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こんなタイプのやつをうちも考えている。(165ℓタイプ)

下に薪の焚き口があり、横に着火用のバーナーがある。

着火のときの10数秒だけ灯油を使って着火し、あとは薪で湯を沸かしていく。

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綺麗に薪が積んである。

50センチほどの薪が入る炉の大きさ。

30分ほどで熱湯になるそうだ。

使った分だけ水が自動的にタンクにたまるようになっているので、お風呂に湯を入れるタイミングで火を焚いていったら良いのではないかと考えている。

オキをうまいこと作ったら夜焚いたお湯も朝まで温かいとその人は言っていた。

「僕はこういう自給自足的な生活が好きだけぇ」

齢80頃と思われるおじいさんが言う。

「ふんだんにあるこの薪エネルギーを使わずに、わざわざ遠くから資源を使うのはもったいない。」

そのおじいさんの言葉はいちいちもっともなように聞こえる。

冬の給湯は薪(薪ボイラー)

夏の給湯は太陽(ソーラーヒーター:もともと家についていたやつ)

の2湯流でまずやってみます。

それにしても、このコンフェデのブラジルとの試合は辛い時間でしたbearing

厳しい現実soccer

木の実摘み

いつも仲良くさせてもらっているF家のお家へジューンベリーという木の実を摘ませてもらいに行った。

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ご夫妻の結婚の記念にと植樹された木が毎年たわわに実をつけるようになったという。

やっぱり実のなる木が家の近くにあるのはいいな。

僕も毎年記念日には果樹をプレゼントしようと思うpresent

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「男には狩猟の本能が組み込まれているように、女には採集の本能が組み込まれている」

となおちゃんも楽しそうに木の実摘みをしていた。

摘んだジューンベリーはジュースにして、お酒や炭酸などで割って頂こうという計画ですshine

頑張れ日本!

これからコンフェデ杯、対ブラジルの後半戦ですsoccer

ブラジルの気持ち(ハート)がすごいhappy01

2013年6月 9日 (日)

おこめ

今年はお休みしているお米作り

まだ満足に作れた試しが無い。

やるなら美味しいお米が作れたらいいな。

来年に向けてパワー充電

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美味しい食事

豊かな食事

っていうのは生活に欲しい要素であると思っています。

水っちゅうのは素晴らしい

水が豊富にあると安心する

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山からとうとうと流れてくる水

山って偉大だ

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気温が高くなったせいだろうか、前までは入らなかった池に入った

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靴に水を入れて遊びだす

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最後は裸happy01

そろそろ夏ですね

泰樹も少年になってきました。

学び

「学び」

ということを考える

「学びたいから学ぶ」

というのが本筋で当たり前で、自然なおこないのように思う。

「学びたいのに学べない」

というのは本当に悲しいことで、あってはいけないことだと思うが、

「学びたくないのに学ばせようとさせられる」

というのも子どもにとっては面白くなく、苦痛なことなんだろうと思う。

今の学校は積極的過ぎる。親切でありすぎる。

いわゆる「学校」というものがなかった時代でも教育というものは存在した。

そこでは教育を受けようという者たちの心構えも違った。

何が何でも習得したいという心構えがあり、その気持ちから教育というものがスタートしていたのではないか。

先週、日本で最初に出来たデモクラティックスクールと言うものに見学に行ってきた。

1968年にアメリカのマサチューセッツ州に出来たサドベリバレースクールを模範として作られた学校でここの学校も創立から15年という月日が経っていた。

そこでは子ども達の内なる動機を待ち、主体的な学びを応援するという姿勢で、いわゆるカリキュラムなどは存在せずに、子ども達の成長、気持ちにあわせて学習が行われる。

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大きなトランポリンがあり、思わず汗ダクダクになるまで飛んでしまった。

泰ちゃんは不安そうな顔をしているが、「もっと、もっと」とおねだりしていた。

後半ではトランポリンで飛びながら、僕の腕でウトウトしだすという始末。

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一見遊んでいるだけで過ごす1日。

近くで公立の中学校のチャイムがなり、そこで送られているであろう生活と

ここで送られている生活のあまりのギャップにおかし味と、問題意識を感じた。

子ども時代にとって大切なことはなんだろう。

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劇的に社会が変化する中で、学校で行われていることの変化の無さというのは、これでいいのであろうかと考えてしまう。

それを一番感じているのは学校に通う子ども達かもしれない。

石遊びと水遊び

本を読むのは嫌いじゃない

本はなるべく図書館で借りて読むようにしているが、手元に置いておきたい本は買ってしまう。

ちょっとしたときに本棚から取り出して読み返す。

前回読んだときとはまた味わいが違ったりするから不思議なもんだ。

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この週末はこの本を読んでいた。

自主的に学び解決していく人を飛行機人間

言われたことをこなしていくのが得意な人をグライダー人間

と例えて、今の学校はグライダー人間を大量に作り出していると著者は言う。

学校の在り方なんかを最近良く考える僕にとってまた爽やかな気付きを与えてもらった感じだ。

1986年に刊行された本書は今尚、色あせないで多くの支持を集めている。

さて、前置きが長くなったが、今なおちゃんと泰ちゃんは東京の実家に帰省している。

寂しいは寂しいが、気兼ねの無い好き勝手な時間を送らせてもらっている。

前述の本の中で、著者は朝こそ様々な思考を巡らせるのには良いと説いている。

「朝飯前」とは、寝て疲れが取れた後、ご飯を食べる前の時間にクリアーな思考が生まれ、難しいと思われていた問題がスッと解決する

というようなことから、生まれた言葉ではないかと著者は大胆な論理を展開している。

著者はそのようなことから、朝飯を抜いて「朝飯前」の時間を長くするという工夫をしているらしい。

さらに「ブランチ」をとった後に昼寝をすることによって「朝飯前」の時間を1日に2回作り出すという工夫もしているらしい。

僕も改めてこの論理をこの週末2日実践している。

(単に1人で朝ごはんを作って食べるのがうっとおしいということもありますが。)

この週末で楽しんだのは

石遊び

水遊び

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無造作に捨てられていた石を並べて花壇を作る。

庭木の株元に積まれていた石を一つ一つ取って移動させ並べていく。

なんてことは無い、それだけのことなのだが、やってみると面白くて止まらない。

どうしたら上手に積めるかな

どうしたら綺麗に見えるかな

重たい石を運ぶにはどうしたら良いのかな

なんて

なんの経済的恩恵も無い「仕事」がただただ面白くてしばらくそれに時間を費やす。

出来た花壇に土を入れて花の苗を生けてみる。

ちょっとずつ、ちょっとずつ、この空間と付き合っていきながらそれが良い空間になるように考え手を加え続けていく。

なおちゃんに

「しなければいけないことの優先順位を考えて」

と注意されながらもこの石遊びは面白くてなかなか辞められなかったのである。

【水遊び】

小学校のとき、雨が降ると校庭に川が出来、その流れを自分達で自由に変えながら作る、という遊びを飽きもせずにしたことがある。

梅雨に入ったと言うのにこの日照り

畑の作物が水を欲しているのは重々承知

ジョーロであげるのも大変だなって思ったときに、水路から水を引っ張ったら良いとの近所のおじいさんに導かれるように水をあててみた。

(今、野菜を作っている畑はもともと水田だったので、水路から水をひっぱってくることが出来る。)

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どんどんと溝に水が流れていく

その様子を見ながら、ケニアにいたときに見た農場の畝間灌漑を思い出す。

ケニアのその地域も雨が少なく、水路から水をひいては、畝間に水を走らせ作物に潅水していた。

それならば順に畝に水が行くように高さを調整して畑を設計すれば水遣りもだいぶ楽になるんじゃないかって思った。

上手に土と付き合っていきたい

上手に自然からの恩恵を授かりたい

そんな人になれたら良いな。

ゆっくりとそんなことを考えることが出来たこの2日間でしたhappy01